AGIAタグシステム:細胞生物学研究に最適な高感度検出およびキャプチャー用ペプチドタグ
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特定のペプチドあるいはタンパク質ドメインを標的タンパク質に融合し目印(タグ)とするアフィニティタグ技術は,タンパク質の検出・精製のために広く用いられている1–3).アフィニティタグの出現により,生化学および細胞生物学の実験手法は大きく変わった.たとえば,タグ技術が一般的になる以前のタンパク質精製は,標的とするタンパク質の生化学的性質に注目し複数の原理に基づくカラムを併用した複雑な工程で行われ,高度な知識と技術が必要であった.しかし,現在では多くの場合において,アフィニティタグを用いたワンステップ精製で生化学的なアッセイに十分な純度の標的タンパク質を得ることができる.細胞内のタンパク質局在の解析についても,過去には個々の標的タンパク質ごとに特異抗体が必要であったが,タグ融合タンパク質の発現とタグ検出抗体により免疫染色が容易に行えるようになった.このように,タグ技術の本質はタグとタグを認識するバインダーを共有することにより,精製や検出の工程を簡便化,高効率化,均質化できることにある.今やアフィニティタグは生命科学にとってなくてはならない基盤技術の一つである.
とりわけ,HisタグやFLAGタグをはじめとするペプチドタグは,タグとして融合するペプチドのサイズが小さく,PCRなどを用いて容易に目的タンパク質に融合することができ,目的タンパク質の局在や振る舞いに対する影響が比較的小さいなどの利点があり広く利用されている4).代表的なペプチドタグと本稿で紹介するAGIAタグの情報を表1にまとめた.これらのタグは6~14アミノ酸からなるペプチドである.Hisタグはヒスチジン残基が金属イオンに配位する性質に注目して開発されたタグである5).その他のペプチドタグの検出や精製にはタグを特異的に認識する抗体がバインダーとして用いられている.抗原性を持つペプチド配列を人工的にデザインしたFLAGタグを除き6),これらのタグは,タグペプチドの由来となったタンパク質に対する高品質な抗体がまず存在し,その抗体のエピトープが解明されタグとして用いられるようになったものである7–9)
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上述のように現代の生化学・細胞生物学においてアフィニティタグは欠かせない研究ツールであるが,いくつかの改良すべき点がある.まずはタグそのものの性質である.グルタチオンS-トランスフェラーゼ(glutathione S-transferase:GST, 25 kDa)やマルトース結合タンパク質(maltose-binding protein:MBP, 42 kDa),緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein:GFP, 27 kDa)などのタンパク質をタグとして融合する場合,水溶性のドメインを融合するためにタンパク質が凝集しづらく可溶化タンパク質として発現させやすいという利点はあるものの,サイズが大きいために融合させるタンパク質の種類や挿入位置によっては標的タンパク質本来の機能や構造が損なわれることがある.一方,ペプチドタグの場合はサイズが小さいために標的タンパク質の機能や構造に干渉する可能性は一般に低いとされている.しかし,逆に挿入位置によっては標的タンパク質の立体構造に巻き込まれてしまい未変性状態ではバインダー分子と結合できなくなることもある.また,翻訳後修飾の可能性は細胞生物学実験においては無視できない問題といえる.ペプチドタグの多くは,セリン,トレオニン,チロシン,リシンなどの翻訳後修飾を受ける残基を含む(表1).このような残基は,タグペプチドの可溶性や抗原認識に重要な役割を果たしていることが多い.FLAGタグを開発したHoppらは,意図的にチロシン残基とリシン残基をFLAGタグの配列に入れ,可溶性の高い抗原ペプチドを開発したと述べている6).しかし細胞内において,セリン,トレオニン,チロシンはリン酸化を,リシンはユビキチン化,チロシンは硫酸化などの翻訳後修飾を受ける可能性がある.翻訳後修飾を受けたタグが融合タンパク質の機能や細胞内挙動に影響する可能性を考慮すべきである.硫酸化されたFLAGタグと抗FLAG抗体の反応性が極端に低下した例10)や,タグがユビキチン化されることによりタグ融合タンパク質がプロテアソームにより分解された例など,翻訳後修飾を受けたことにより標的タンパク質の検出や回収がうまくいかなくなる可能性がある.他にもリン酸化やユビキチン化されたタグに対して,これらの翻訳後修飾部位を認識するタンパク質が結合することもあるかもしれない.細胞内のシグナル伝達やタンパク質間相互作用を対象とする研究においては,タグ配列内の翻訳後修飾という想定外なアーティファクトの可能性について考慮すべきである.
最近,筆者らはAGIAタグという新しいタグシステムを開発した11).このペプチドタグはEEAAGIARPという9残基(表1参照)からなり,タグ配列の中央付近の配列(下線部)が名前の由来である.AGIAタグは可溶性に優れ,標的タンパク質の任意の場所に融合させることが可能であり,培養細胞や無細胞タンパク質合成系での発現を妨げない.最大の特長はこのタグ配列が主要な翻訳後修飾を受ける残基を含んでいないことである.そのため我々は,AGIAタグは細胞生物学実験に最適であると考えている.この配列が得られたのは偶然によるものだが,その開発の経緯を,このAGIAタグと対をなす抗体の取得からご紹介したい.
AGIAタグの配列はヒトのGタンパク質共役型受容体の一つであるドーパミン受容体DRD1のC末端領域(404~412)に由来する.当時,筆者らは無細胞タンパク質合成系を用いた膜タンパク質合成法の開発とその応用研究に取り組んでおり,その一環として富山大学の村口らとともにDRD1の抗体作製を行った.村口グループは,特定の抗原に対する抗体を分泌する細胞をマイクロチップ上で同定単離する独自技術(immunospot-array assay on a chip:ISAAC)の開発に成功していた12).本技術を用いることにより,一つの目的抗体分泌細胞から抗体遺伝子を直接クローニングでき,ハイブリドーマを作製することなく組換えモノクローナル抗体(以下モノクロ抗体)を作製・取得可能となる.この技術を活用すれば,ヒトやウサギといった,免疫宿主のハイブリドーマ作製が困難な抗体のモノクロ化が可能である.特にウサギ抗体は一般に親和性が高いことで知られているが,ハイブリドーマ作製が困難であり,ISSACを用いたモノクロ抗体作製が効果的である13).我々のDRD1に対するウサギモノクロ抗体作製の取り組みの結果,配列の異なる6クローンのウサギ高親和抗体が得られた14).これらの抗体の解析を進める過程で,最も親和性の高かったRa48というクローンに着目し,タグ開発を行うことを着想した.タグ開発着想の理由の一つはRa48抗体の高い親和性だが,もう一つにはRa48抗体を用いて特異性の高い検出が可能であったことにある.Ra48抗体は特異性が高く,ヒトDRD1のみを厳密に認識し,ほかのファミリー内や他生物種も含め類似タンパク質にはまったく反応しない(図1A).また,DRD1は脳の線条体(putamen)など中枢神経系で発現しているが限定的であり,その他の組織ではほとんど発現が認められない(図1B).そのため,Ra48抗体を用いたウェスタンブロット解析でも,一般的な培養細胞ではまったくシグナルが検出されなかった(図1C).これらの結果から,我々はDRD1の配列と高親和性抗体を組み合わせることで,特異的で高感度検出が可能なタグシステムが構築できるのではと考えた.
Ra48抗体のエピトープを実際にタグ化するために,スワップ変異体や欠失変異体を用いた解析により最小のエピトープ配列である前述の9残基を決定した.エピトープ配列をさまざまなタンパク質のN末端あるいはC末端に付加した融合タンパク質を無細胞タンパク質合成系で調製し,Ra48抗体を用いたウェスタンブロット解析を行った結果,他のタグ抗体と比較しても特異性が高く検出できることを確認した(図2A).さらに,ビオチン化Mdm2とAGIAタグ融合p53の結合(図2B),AGIAタグ融合GAT A3とビオチン化DNAの結合(図2C)などをAlphaScreen系で良好に検出できたことから,AGIAタグは未変性タンパク質でもRa48抗体と結合できること,標的タンパク質の機能に大きく影響しないことを確認した.さらに,リガンド量を限界まで絞った詳細なBiacore解析から,AGIAタグとRa48抗体のKD値は4.90×10−9 M(Ka=3.18×104 L/Ms, Kd=1.56×10−4 L/s)と,タグとして十分な親和性を有していることがわかった(図2D).リガンド量を少しでも増やした場合においては解離がみられなくなることから(図2E),たとえば一般的な免疫沈降や精製のように十分な量のタグ抗体にキャプチャーさせる状況においては,たとえ軽微な解離があったとしても近傍のバインダーに速やかに再結合するため,高い収率が期待できる.
(A)ウェスタンブロット解析.タグを融合したVenus蛍光タンパク質をコムギ無細胞系で合成し,ウェスタンブロット解析に供した.(B) AlphaScreenを用いたp53とMdm2間の相互作用解析.(C) AlphaScreenを用いたGATA3とDNA間の相互作用解析.(D)カイネティクス解析.100 RUの抗AGIA抗体をBiacoreセンサーチップ上に固定化し,FLAG-GST-AGIA融合タンパク質をアナライトとして流した.(E) SPR解析.固定化量を600 RUに増やし,FLAG-GST-AGIAをアナライトとして流した.Yanoら(2016)11)より一部改変の上,転載.
AGIAタグは抗体との親和性が非常に高く感度のよい検出ができる反面,FLAGタグのようにペプチドによる競合溶出には不向きである(図3A).AGIAタグ抗体の高すぎる親和性が完全に裏目に出たわけである.そこで我々はAGIAタグを用いた精製法として二つの方法を提案している.これらの手法を用いることで,高純度な標的タンパク質を1段階の精製で取得可能である.一つ目の精製法は,TEVプロテアーゼを用いる手法である(図3B).これはHisタグやGSTタグで一般的に用いられているTEVプロテアーゼ切断/精製の応用である.ただし,これまでの精製法と大きく異なる点は,AGIAタグによるキャプチャーは非常に特異的かつ安定で,従来タグよりも高純度な精製タンパク質が得られることである.たとえば1 MのNaClなど,強い洗浄条件を選択できる点が強みである.もう一つの手法は,AGIAタグ配列に変異を導入し,アフィニティを若干低減させる方法である(図3A).この精製法では,2番目のグルタミン酸をアスパラギン酸に置換した変異AGIAタグ(AGIA/E2D)を目的タンパク質に融合する(表1参照).AGIA/E2D融合タンパク質を抗AGIA抗体でキャプチャーし,野生型AGIAタグペプチドで処理すると標的タンパク質を特異的に溶出できる(図3C).わずかにアフィニティが低下したAGIA/E2Dに,より親和性の高いAGIAペプチドが競合的に置き換わることで溶出されているのだろうと我々は考えている.興味深いことに,Biacoreで測定したKD値は7.03×10−9 M(Ka=2.08×104 1/Ms, Kd=1.46×10−4 1/s)と,パラメーター上は野生型のAGIAタグとほとんど変わらない.極端に親和性を下げていないので,前述のTEVプロテアーゼ切断/精製と同様に強い洗浄工程を用いた高純度精製が実施可能である.
前述のとおり,翻訳後修飾を受けないAGIAタグは細胞を用いた実験と非常に相性がよい.これまでに我々のグループではヒト培養細胞や植物プロトプラストにAGIAタグを融合したタンパク質を発現させ,さまざまな実験に用いている11).ウェスタンブロット解析はもちろん,細胞免疫染色でも非常に良好な結果が得られている.細胞免疫染色では,AGIAタグとの融合により標的タンパク質の局在が変化することは観察されていない.とりわけAGIAタグの効果を実感できるのは免疫沈降実験である.図4で示した例はNFκB経路のRelAとIκBαの共免疫沈降実験である.AGIAタグを融合したRelAを発現させた細胞の抽出液をAGIA抗体融合セファロースにより免疫沈降した.その結果,AGIA-RelAおよびRelAと相互作用した細胞内在のIκBαの両方を非常に良好に検出できた.筆者らは以前に同様の実験を他のタグを用いて実施していたが,非常に弱いシグナルしか得られていなかった.免疫沈降後のAGIA融合タンパク質の検出には,抗体タンパク質と反応しないHRP(horseradish peroxidase)を直接コンジュゲートしたAGIA-HRP抗体が非常に有効であることを申し添えたい.現在,筆者らの研究室内ではAGIAタグを多用しているが,これまでFLAGタグでは検出できなかったタンパク質がAGIAタグを用いて検出できた例や,細胞内のプロテアソームで分解されるいくつかのタンパク質においてFLAGタグよりAGIAタグ融合タンパク質の発現量が多い例があった.これらはAGIAタグが翻訳後修飾を受けない点,特にユビキチン化による分解を避けられたことが大きいと考えている.今後のさらなる利用により,この点も明らかにしていきたいと考えている.
これまで,我々のグループはもちろん,我々の複数の共同研究先でAGIAタグシステムを試用してもらっているが,非常によい評価をいただいている.アフィニティタグの特性や性能を決定するのはバインダー分子であることはいうまでもないが,AGIAタグは世界で初めてのウサギモノクローナル抗体とそのエピトープを基に開発されたタグである点で,ユニークなタグシステムである.細胞生物学の解析が高度化するに従い,一つの細胞中で同時に複数のタンパク質の挙動を調べる実験なども要求されるようになってきており,AGIAタグはその一つの選択肢だと考えている.AGIAタグ試用希望の場合,我々へのコンタクトを御願いしたい.多くの研究者に利用していただければと思っている.
本技術の開発は,国立研究開発法人日本医療研究開発機構創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業)の支援により実施された.
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