1985年に生化学会に入会してから約40年.技術の進歩とともに社会や価値観は変化し,研究においても「やりたいこと」「できること」「求められること」は移り変わってきた.本稿では,「もの」にこだわるサイエンスの未来を展望する.
神経系の形成と機能維持には,多様な生体分子の精緻な協働が不可欠であり,神経細胞の発生・分化,シナプス伝達,可塑性を支える分子機構が明らかにされてきた.近年,脂質および糖鎖は,細胞構造やエネルギー代謝における役割にとどまらず,分子間相互作用や細胞シグナル制御を担う機能分子として認識され,神経科学および関連疾患研究に新たな視点をもたらしている.本特集では,中部支部の研究者による脂質・糖鎖研究の最前線を紹介し,神経機能から再生,精神疾患・認知症に至るまで,その重要性を生化学的観点から俯瞰する.近年,リピドミクス解析やグライコーム解析の進展により,脂質・糖鎖の網羅的解析が可能となり,構造多様性と機能の統合理解が進展しつつある.脂質・糖鎖研究を通じて明らかとなった生化学的な分子の特性と神経機能・疾患との密な相互関係を再認識し,今後の分野横断的研究の発展につながることを期待したい.
ポリシアル酸(polySia)は神経細胞表面で反接着と分子保持の二つの機能場を形成し,遺伝要因(ST8SIA2等)と環境要因(ストレス・薬剤)により動的に制御される.高感度なSandwich ELISAにより脳・血中polySiaの定量が可能となり,精神疾患の病態理解とバイオマーカー化が進展している.
本稿では,中枢神経系損傷後に起こる軸索再生阻害機構を,コンドロイチン硫酸の硫酸化様式に基づく分子コードの観点から再定義し,CSPG受容体シグナルと細胞骨格制御を統合的に概説する.
小胞体とエンドソームの膜接触部位は,エンドソームの成熟や輸送を制御し,その過程ではコレステロールが重要な役割を担う.この機構の破綻は脳神経系特異的な障害を引き起こし,その分子基盤が近年明らかになりつつある.
運動学習における髄鞘の役割を脂質合成の観点から解説する.学習初期の神経活動増大を支えるSM合成から,後期の神経回路同期性を導くGalCer合成へと遷移する二相性の動態が学習の鍵であることを示し,白質が神経回路を能動的に制御することを論じる.
ガングリオシドは,脊椎動物の神経系に高発現し,主に神経系機能の維持に関わっている.ヒトでもガングリオシド代謝異常症が報告されている.本稿では,神経系に発現するガングリオシドの機能から,疾患への臨床応用の展望について報告する.
アルツハイマー病においてAPOE遺伝子は,危険因子(APOE4多型の場合)および防御因子(APOE2多型など)であるが,そのメカニズムは十分に理解されておらず,また治療法もない.APOEの機能や役割について,我々の研究も交え紹介する.
T細胞は抗原刺激に応じて細胞内代謝を切り替え,分化段階あるいはサブセット特異的な機能を制御する.本稿では,異なる分化段階・T細胞サブセットでダイナミックに変動する脂質代謝の重要性を最新の知見を交えて解説する.
コラーゲンは単なる構造タンパク質ではなく,翻訳後修飾や鎖選択,品質管理が統合された生合成システムである.本稿はその本質をmolecular ensembleとして再定義する.
本稿では,低出生体重が胎児期の臓器発達の未熟性を介して成体期の腎・循環器疾患を引き起こし,さらに妊娠期の母体適応機構の破綻を介してその影響が次世代へ伝播する可能性について概説する.
地球上の炭素固定の20%を担う海洋性珪藻が持つ高効率光合成能力の秘密に迫る.葉緑体内小器官ピレノイドを作るまったく新しいタンパク質PyShellの構造と機能から,紅藻を取り込んだ二次葉緑体が持つ独自の仕組みとそのポテンシャルを解説する.
自閉スペクトラム症は,社会的コミュニケーションの障害,反復・限定的な行動などを特徴とする発達障害であり,従来までは脳実質の細胞が主要な研究対象であった.本稿では,脳脊髄液を産生する「脈絡叢」の未成熟による発症機構について最新の知見を提供する.
胎盤は胎児の正常な発生に不可欠な臓器であり,その異常はさまざまな妊娠合併症の原因となる.本稿では,近年の栄養膜幹(TS)細胞の樹立やゲノム編集技術の進歩によって明らかとなったヒト胎盤の発生制御機構について紹介する.
真核細胞の核内は,膜のない構造体が高度に組織化された動的環境である.本稿では,天然変性領域を介した相分離を基盤とするスペックル形成や,核全体に広がる網目状構造の構築,およびそれらがスプライシングを空間的に制御する機構について概説する.
生後の脳室下帯由来の新生ニューロンは損傷脳の修復に寄与する.本稿では,正常脳における移動の基本機構を概説した上で,損傷微小環境による移動制御機構の破綻の要因と,神経再生に向けたニューロン動員促進の戦略について論じる.
DNA損傷剤は長年がん治療の第一線で用いられてきたが,その細胞死誘導機構はほとんど解明されていない.本稿では,特定のtRNAの減少が翻訳とタンパク質恒常性の破綻を介し,細胞死の決定因子となることを紹介する.
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