医療応用を目的として、生体機能を制御するツールとしてのさまざまなナノ分子が近年活発に開発されている。これらナノツールには化学合成される有機・無機分子が多い。インスリンペプチドや心房性ナトリウム利尿ペプチドなどに代表されるように、ペプチドは抗体とならんで実際に生体内で産生されるアミノ酸を組成とする分子である。これらは一つの観点として、前者合成物に比べると、ひとのからだになじんだ、より自然な組成をもつバイオツールとしての長所があると言えよう。本特集でご理解いただけると思うが、わずか数個~数十個のアミノ酸連続体が非常に多彩な生体内機能を発揮するのが、ペプチドによる医化学研究の大きな魅力である。たった一つのアミノ酸残基を置換したり、直鎖状、分岐状、環状化などペプチドフォームを改変したりするだけでその機能が劇的に改変されるのも特徴の一つであり、それゆえに自在なデザインの改変を試行できる余地がある。今回の特集では、特に次世代ペプチド医療への展開を視点に、固形腫瘍や神経系腫瘍などを対象としたドラッグデリバリーシステムへの応用ポテンシャル、また細胞膜透過型ペプチドの基盤的な取り込み機構など、ダイバーシティに富んだ内容で先進研究者らによる研究の展開を紹介する。
アルギニンに富む膜透過ペプチド(アルギニンペプチド)は細胞内へのタンパク質導入に用いられる.この導入法による細胞内送達は,条件に応じて,エンドサイトーシスと形質膜の直接透過の二つの経路を併用することで達成される.
アレイ状にスポット固相合成したペプチドライブラリー(ペプチドアレイ)で短鎖機能性ペプチドを探索し,配列機能相関解析によりペプチドの機能解明が可能である.光解裂リンカーや細胞膜透過性ペプチド,分子プローブペプチドによる新機能発現も紹介する.
これまで治療が困難とされてきた疾患の新たな治療法として分子標的治療が注目を集めているが,生体での神経細胞への治療用分子の導入は困難をきわめている.本稿ではこの問題に対し近年行われている細胞膜透過ペプチドを用いた治療戦略の開発について紹介する.
我々はこれまでに,がん細胞膜を標的とし,全化学合成可能な分子標的抗がん剤候補“ハイブリッドペプチド”を設計し,その薬効および優位性を見いだしてきた.本稿では,ハイブリッドペプチドを用いたこれまでの研究成果,今後の取り組みについて紹介する.
ペプチドリガンドを導入したナノ粒子型のドラッグデリバリーシステム(ナノDDS)は,標的組織への効率的な移行から標的細胞による効率的な取り込み,さらには細胞小器官(オルガネラ)レベルのターゲティングを可能にする.
我々がランダムペプチド・ライブラリーから分離した腫瘍系統別に高度吸収性を発揮する新規ホーミングペプチドは,次世代がん医療への応用が可能な生体低侵襲性検査・診断技術や革新的ドラッグデリバリーシステム構築の大きな可能性を持っている.
MECP2遺伝子の変異は,重篤な発達障害・レット症候群の原因となるだけでなく,さまざまな精神疾患の発症に関与する.本稿では,病態発症に寄与するMeCP2の分子機能について,これまでの知見と我々の最近の研究成果を交えて紹介する.
ラクトシルセラミド(LacCer)は細胞膜上で脂質ラフトを形成する.LacCerは糖鎖を介して病原微生物と結合し,脂肪酸鎖と会合した情報伝達分子を介して貪食反応を惹起する.さらに,LacCerの脂質ラフトはインテグリン分子の情報も仲介する.
シュゴシンタンパク質(Sgo2)は,細胞分裂期において染色体のセントロメアに局在し,正確な染色体分配に寄与する.筆者らは,分裂酵母のSgo2が間期に染色体末端近傍のサブテロメアに局在を移し,さまざまなサブテロメア機能を制御することを明らかにした.
シナプスの形成過程の解明は神経回路の理解にとって重要である.従来は興奮性細胞の樹状突起スパイン上に形成されるシナプスの解析が主流であったが,さまざまな神経細胞におけるシナプス形成過程を経時的に観察することで,その多様性が明らかとなってきた.
活性酸素種が血液関連の自己免疫疾患発症にどのように関わるか,遺伝子改変マウスと自然発症マウスの検討結果を概説する.レドックス感受性の高い分子は活性酸素種の標的となりやすいことから,他の疾患でも同様の機構が関与する可能性がある.
スフィンゴミエリン(SM)は細胞膜を構成するリン脂質で,コレステロールとともに脂質マイクロドメイン(脂質ラフト)の形成に関与することが知られている.本稿では,近年明らかになりつつある細胞膜上でのSM合成・代謝が持つ生理的意義を議論したい.
がん細胞は組織内を浸潤するとき,間葉系遊走とアメーバ様遊走の二つの運動様式を可逆的に変化させ,効率的に浸潤する手段を獲得していると考えられている.本稿では,これらの運動様式の転換の分子メカニズムについて,著者らの研究成果も交えて紹介する.
発症過程に環境因が密接に関与するうつ病は,発症脆弱性の形成や発症機序がストレスによるDNAメチル化障害を介している可能性が考えられ,BDNF遺伝子のメチル化率が診断の,SLC6A4遺伝子のメチル化率が脆弱性のマーカーとなる可能性がある.
BOSS/GPRC5B膜受容体は,新しいエネルギー代謝制御機構として,貯蔵エネルギーや摂食を制御していることが明らかになった.ショウジョウバエとマウスを用いた研究成果を報告する.
分裂期において染色体を娘細胞に均等分配することは細胞の恒常性を保つ上で必須な機構である.本稿では,染色体均等分配に必要な2種類のモータータンパク質が関与する新たな染色体動態モデルについて紹介する.
若年性筋萎縮性側索硬化症(ALS)の家系においてSigma-1 受容体の点変異は運動神経変性と関連する.小胞体膜に発現する受容体あるいはシャペロンタンパク質として,ユニークな側面を持つSigma-1 受容体のALSとの関連について紹介する.
細胞の運動と増殖の接触阻害は,二つの細胞間で観察される現象であり,形態形成や組織構造の維持に必須である.本稿では,これまでに報告されている接触阻害機構について概説するとともに,最近筆者らが得たNecl-4を介する新規接触阻害機構を紹介する.
三本鎖ロイシンジッパーを利用したタグプローブシステムは,環境応答性蛍光基を利用することで洗浄操作不要のタンパク質蛍光イメージングツールとして有用である.本システムの細胞内タンパク質イメージングへの応用,色素置換,共有結合型デザインについて概説する.
生きている細胞の膜上でのガングリオシドの動態を調べるために,蛍光プローブを開発した.蛍光プローブの1分子観察によって,ラフトはすべて動的であり,分子が絶えず激しく出入りしている構造を持つことが明らかとなった.
分子一つ一つの動きから生化学反応系を再現する新規技法である1分子粒度シミュレーションを紹介し,その計算技術によって明らかになりつつある,細胞内環境が生化学反応,ひいては生命システムに与える影響についていくつかの例を取り上げる.
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