分析技術の改良と向上によりアミノ酸の鏡像異性体の分離と微量計測が可能となり,タンパク質合成には使われないD-アミノ酸が多くの生物で発見されている.生体高分子中に存在するD-アミノ酸は,原核生物では細胞壁や抗生物質中に,両生類などの下等脊椎動物では生体防御や生理活性に関わるペプチド中に,哺乳類では水晶体クリスタリンやβ-アミロイドなどに存在して,生理機能を担うとともに老化や病態の指標となっている.一方,遊離型D-アミノ酸は,多くの生物の神経伝達やホルモン分泌の制御などに使われているとともに,ヒトなどの宿主と腸内細菌叢との相互作用分子として機能し,またヒトの臓器機能障害の疾患診断や治療マーカー,疾患治療薬候補としての期待も高まっている.D-アミノ酸生物学は,世界でも日本が大きくリードしている研究分野でもある.本特集では,D-アミノ酸の分析技術,合成酵素の反応機構,輸送や分解機構,非酵素的なD-アミノ酸残基の生成機序,さらにさまざまな生物での生理機能やヒト病態機構への関わりを中心に,最近の優れたD-アミノ酸研究の展開と今後解決すべき課題について紹介し,ますますこの研究分野の発展を期待したい.
D-アミノ酸は生化学や医療領域を中心に急速に注目が集まっている.一方でD-アミノ酸はL体と比較してきわめて微量であり,正確な定量には夾雑成分との識別分析が必須である.本稿ではD-アミノ酸研究を支える分析技術について,最近の進歩を 含めて紹介する.
カエルの皮膚分泌物に含まれるペプチドの中には,D-アミノ酸を残基として有するペプチドが発見されている.D-アミノ酸残基を持つ抗菌ペプチドの細胞膜結合構造から,活性増強に関わるD-アミノ酸の役割を紹介する.
我々は高齢者の眼の水晶体構成タンパク質クリスタリンにD-アスパラギン酸残基(Asp)が含まれることを発見し,微量の試料で簡便に分析できるスクリーニング手法を新たに開発した.本稿ではこの手法とクリスタリン中のD-Asp蓄積部位とその量について述べる.
D-セリンはNMDA型グルタミン酸受容体の内在性コ・アゴニストの一つとして興奮性神経伝達やシナプス可塑性,学習・記憶,神経回路形成などの生理機能の制御に重要な役割を果たす一方,その機能異常は多くの神経精神疾患の病態にも深く関わっている.
D-セリンは,NMDA型グルタミン酸受容体のグリシン調節部位に作用する,同受容体の活性化に不可欠なコアゴニストとして機能し,統合失調症やその動物モデルを改善するため,D-セリンの研究が精神疾患の病態解析や治療法開発に貢献することが期待されている.
分析技術の向上により,アミノ酸光学異性体を分離・測定することが可能となり,腎臓病に関するD-アミノ酸の新たな知見が集積してきた.本稿では,D-アミノ酸のうち,D-セリンを中心に,腎臓病と腸内細菌叢の関連について,筆者らの研究も含めて紹介する.
我々はアフィニティビーズ技術により生理活性を持つ低分子化合物(ケミカル)のターゲットを単離・同定し,ターゲットが関わる生体反応の制御機構とケミカルの作用機構の解明と,得られた知見や情報に基づく創薬や食品成分の開発といった基礎研究と応用研究の両立を図ってきた.
ミトコンドリアの恒常性を維持するため,Parkin(E3リガーゼ)とPINK1(ユビキチンキナーゼ)は損傷ミトコンドリアを選択的に分解する.本稿では,この10年あまりで飛躍的に進展した,損傷ミトコンドリア分解の分子機構に関する研究を紹介する.
p62/SQSTM1は,選択的オートファジーの受容体タンパク質としての役割を持つ.さらに,選択的オートファジーの過程において,p62/SQSTM1は相分離やストレス応答活性化などユニークな分子動態や細胞制御機能を発揮する.
チオール基に硫黄が過付加した「活性硫黄分子」は,抗酸化能,レドックスシグナル制御能を有する.最近,活性硫黄分子が,翻訳時にタンパク質に取り込まれること,ミトコンドリア品質管理やエネルギー代謝を制御していることなど新たな知見が得られている.
脂質二分子膜構造からなる微粒子リポソームは,生体膜モデルとして用いられてきたが,近年では,ドラッグキャリアーとしてがん等の種々疾患に対する治療法開発に向けて盛んに研究されている.本稿では,リポソームを用いた脳梗塞治療について紹介する.
ヘムはほぼすべての生物において必須な補酵素であり,その獲得や生合成系は多くの生物において高度に保存されている.しかし近年,病原菌に特有のヘム合成の制御機構や酵素反応機構が明らかになってきたので,その概要を紹介する.
細胞外小胞は細胞と細胞との間のコミュニケーションを媒介し,さまざまな生命現象や疾患の進行に関与する.本稿では,細胞外小胞とその不均一性についてこれまでの知見を概説するとともに,細胞外小胞の不均一性の形成における膜ドメインの役割について紹介する.
アルポート症候群は腎糸球体基底膜の構成因子Type IV collagenα3α4α5 の遺伝子変異により発症する.最近,原因タンパク質のα3α4α5の機能を高感度に評価でき,創薬に有用なプラットフォームの構築に成功した.
ロイコトリエンB4受容体(BLT1)とその逆作動薬との複合体の結晶構造解析の結果,逆作動薬は,不活性状態のBLT1の立体構造を安定化するナトリウムイオン‒水分子クラスターの機能を模倣する作用様式でBLT1に結合していることを明らかにした.
脂肪組織には,前駆脂肪細胞という間葉系幹細胞由来の脂肪細胞の幹細胞が存在する.最近,脂肪組織在住M2マクロファージの機能として,前駆脂肪細胞の増殖に関与し,インスリン感受性を調節していることが明らかとなった.
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