液‒液相分離(liquid‒liquid phase separation: LLPS)とは濃度の異なる2種 類の水溶液が水と油のように分離する現象である.物理化学の分野では古くから知られていたこの現象が生きた細胞内でも観察されることが報告されたのは近年のことである.LLPSによって形成される凝集体(コンデンセート)には特定のタンパク質や核酸が濃縮(あるいは排除)されうるため,このような細胞内微小環境は時空間的に制御された化学反応の場として働く可能性がある.最近ではこのようなLLPSによる動的な反応場制御機構がつぎつぎと発見されており,生化学反応制御の概念にパラダイムシフトが起こっている.実際,近年のトップジャーナルにおいても,LLPSをタイトルに含む論文を頻繁に目にするようになってきた.本特集では,転写,発生,神経,疾患,植物,生物材料などの幅広い分野から第一線の研究者に自身の研究や関連分野の動向についてご紹介いただいた.本特集を通して“今,起こりつつあるパラダイムシフト”を実感していただきたい.
液‒液相分離は,多くの核内構造体を形成する現象であり,その構造体の機能の制御にどのように寄与しているか注目されている.本稿では核小体と遺伝子発現時の転写コンデンセートを通して,相分離がゲノムの機能に果たす役割とその弊害について概説する.
近年,液‒液相分離によって転写装置が局所的に濃縮された反応区画が核内に形成されるという新たなモデルが注目を集めている.本稿では形成された液滴がどのように遺伝子発現を制御するのかについて,最新の知見を紹介する.
初期胚を用いた力の生理的意義に関する研究から,力学応答シグナルの一端や発生制御における意義がみえてきた.そこには細胞膜での刺激の受容から始まる一連のリン酸化反応,液‒液相分離の調節,細胞接着のリモデリングといった巧妙な仕組みがあるようだ.
植物は光や温度などのさまざまな環境刺激に応答し,遺伝子発現制御や形態形成を行っている.近年,液‒液相分離によって形成されるコンデンセートが植物の環境応答において中心的な役割を果たしていることが提唱されている.
シナプス前終末とシナプス後膜肥厚には液‒液相分離により形成されるタンパク質のコンデンセートが存在し,シナプス伝達を制御している.この詳細とともに興奮性刺激によるコンデンセートどうしの区画化がシナプス可塑性に果たす役割をご紹介する.
液‒液相分離により形成される「神経RNA顆粒」は,いかにして神経突起における局所翻訳を制御し,長期記憶をもたらすのか? 顆粒の形成,輸送,翻訳制御についてこれまでの知見を紹介するとともに,それらと長期記憶形成との関係について考察する.
《最強生物》クマムシは可逆的な生命活動の停止によって,宇宙真空への曝露を含む極限環境に耐性を持つ.《最強素材》クモの糸は,鋼を上回る強度を持つ最もタフな素材である.本稿ではこの二つの研究対象に液‒液相分離が果たす役割について議論する.
近年,新たに液‒液相分離関連データベースが整備され始めた.本稿では,これらのデータベースを比較するとともに,収録データを天然変性タンパク質の観点から整理する.
ストレス顆粒はRNA,40Sリボソーム,タンパク質から構築される相分離顆粒の一種であり,ストレスに応答した細胞の生存戦略の一つである.本稿では,酵母遺伝学により見いだされた「MAPKシグナルとストレス顆粒のクロストーク」,さらにはがん治療標的としてのストレス顆粒について紹介する.
神経変性疾患に関連するタンパク質としてSup35,TDP-43,タウに着目し,その細胞内環境や翻訳後修飾によって誘導される液‒液相分離現象,さらに,その不可逆的な移行によるアミロイドの形成とその構造多型,脱凝集過程についてSup35を中心に紹介する.
細胞外小胞(EVs)のマーカー分子,テトラスパニンCD63は鉄による発現制御を受け,鉄貯蔵タンパク質フェリチンのEVsを介した細胞外分泌に重要である.この経路は,新たな鉄排出経路や鉄の細胞間シグナル伝達経路として機能する可能性がある.
「ルミクリン」とは分泌因子が上皮性管腔の内腔空間を経由して遠隔のターゲット部位に作用する分泌シグナル伝達である.筆者はマウスの雄性生殖路管腔で働く分泌因子NELL2を同定したことでルミクリンシグナル伝達の分子実体を世界で初めて明らかにした.
細胞外小胞は,細胞間情報伝達やがん等の疾患に関与する.細胞外小胞のうち,細胞膜由来の細胞外小胞は,分泌機構や生理機能が明らかでなかった.我々は,BARファミリータンパク質MIMが,フィロポディアを切断して細胞外小胞を形成することを見いだした.
近年,組織発生において細胞小器官である「一次繊毛」の重要性が明らかになってきた.本稿では,一次繊毛を制御するCMGCキナーゼについて概説するとともに,最近,我々が新たに同定した一次繊毛制御キナーゼであるDYRK2に関して紹介する.
ポリコーム複合体は転写抑制に関わるエピジェネティック因子であり,特に分化・発生関連遺伝子群の転写抑制の役割を担う.本稿ではポリコーム複合体の多様なバリアントそれぞれの転写制御や,発生・分化への重要性について最近の論文をあげて解説する.
尿酸とビタミンCは日常生活でもその名を耳にする有名な抗酸化物質であるが,その生理活性と比べると体内動態制御機構に関する理解は意外にも乏しい.本稿では,両物質の生理的に重要な輸送を担うことが明らかとなったGLUT12について,最新の知見を概説する.
本稿では,持続可能社会実現に向けた最新の研究成果の一つとして,これまでグルコースからの直接生産が達成されていなかった非天然化合物である1,3-ブタジエンの新規人工代謝経路の設計および鍵となる鋳型酵素の基質特異性の合理的改変について紹介する.
細胞膜やオルガネラは近接してメンブレンコンタクトを形成する.小胞体とエンドソーム間に形成されるコンタクトでは,イノシトールリン脂質PI4Pとホスファチジルセリンの交換輸送により,エンドソーム膜の分裂が制御されることが判明した.
高吸水性ゲルを用いて観察試料自体を大きくする膨張顕微鏡法(expansionmicroscopy)と蛍光増幅抗体(Amplibody)の利用の組合わせによって,一次繊毛の微細構造の高分解能かつ高輝度の観察を可能にする方法について紹介する.
糖鎖の生物学的重要性が認知され,糖鎖修飾が与える影響やその解明には,糖鎖代謝経路の包括的な理解が望まれる.その体系的なとりかかりとして開発された,遺伝子発現情報から糖鎖代謝経路をマッピングするWebツール,GlycoMapleを紹介する.
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