なぜ生物は「普遍的に」20種類のアミノ酸を,リボソームにおけるタンパク質合成のための標準遺伝暗号に記しているのであろうか.20種類以外のさまざまなアミノ酸をタンパク質の部位特異的に,核酸の塩基配列に基づいて導入し,活用することはできないだろうか.このような疑問や課題の解決のために,遺伝暗号の拡張の研究が行われ,また,自然界における知見も蓄積してきた.本特集では,合成生物学の一環としてとらえることもできる遺伝暗号の改変の研究に併せ,天然の生物がさまざまなアミノ酸を種々の機構で生合成し,さらにリボソームの使用・未使用それぞれの方式でさまざまなアミノ酸を重合させるメカニズムを紹介する.各記事は当該分野の最先端の研究を進めている先生方に執筆をお願いしており,独立した記事として,理学的・工学的・医学的な展開を解説している.さらに,各記事を総合した知見から,生物が自身の機能を拡張するために試行錯誤してきた過程,および,まだ達成・発見されていないありえた拡張を俯瞰することが可能になる.編纂者の見解を解説する機会のみならず,読者皆様それぞれが,生命の歴史とこれからについて改めて想いを巡らす糧となれば幸いです.
大腸菌細胞抽出液を用いた無細胞タンパク質合成法で,高収量で高効率な非標準アミノ酸のタンパク質への導入が可能になった.立体構造解析に基づく改良,「無細胞」であることの活用,Fab抗体への導入および蛍光標識についての実例を紹介する.
遺伝暗号は永久不変のものではなく人為的に改変することができる.非天然アミノ酸に新たに対応させたコドンを使って,通常のアミノ酸にはない性質や構造を持ったアミノ酸をタンパク質に組み込むことが可能であり,酵素,抗体などの性質の改変に役立っている.
生物個体での遺伝暗号拡張(翻訳システムの改変)は報告例が少なくチャレンジングな研究分野である.本稿では昆虫個体(カイコ)における遺伝暗号拡張の試みと,それによる非天然アミノ酸含有シルク素材の創製について紹介する.
イネ日本晴(ジャポニカ品種)から(3R)-β-チロシンを植物から初めて見いだし,その生合成遺伝子(OsTAM1)を同定した.本遺伝子はイネにおいて生じた固有の変異に起因するtyrosine aminomutaseと推察された.
放線菌が二次代謝産物として生産する非リボソームペプチドの生合成には,さまざまな非標準アミノ酸が用いられている.これらの非標準アミノ酸は二次代謝産物の生理活性に重要な役割を果たしていると考えられるが,その多くは独自の経路で生合成されている.
アミノ酸分子種やその機能に多様性を与える水酸化反応を,生命分子進化の初期ならびに後期にスポットをあてた二つの探索研究を例に紹介するとともに,見いだされた新規酵素群の生化学的特徴とその機能に基づいた産業応用の可能性を議論する.
細菌のD-アミノ酸含有ペプチドは,多くの場合,アミノ酸ラセマーゼ等で生成するD-アミノ酸の縮合で生合成される.一方,L-アミノ酸からなるペプチドの立体反転反応によってD-アミノ酸を導入する経路も最近いくつか見いだされているので概説する.
筆者らは微生物の多様な機能を巧みに利用して,非天然アミノ酸の効率的合成法やキラリティ制御を可能とする革新的なアミド結合形成反応システムを開発し,非標準アミノ酸を含む任意のオリゴペプチドやジケトピペラジンなどの機能性ペプチドの合成に成功した.
D-α-アミノ酸やβ-アミノ酸等の非タンパク質性アミノ酸を含有し大環状骨格を持つ「特殊環状ペプチド」は,次世代の医薬品として注目されている.本稿では,人工翻訳系「FITシステム」による特殊環状ペプチドの合成とスクリーニングの事例を紹介する.
なぜ現在の20種類の標準アミノ酸が決まったのか.RNAとペプチドの相互作用から生じた翻訳系の起原以降の進化を,現在の非標準アミノ酸の使用状況の観点から考察する.また,過去の遺伝暗号を再現し,これを考察する人工進化アプローチについて紹介する.
スフィンゴシン1-リン酸は血液灌流のある血管において血管新生終結・血管安定化メディエーターとして働く.本稿では,我々が取り組んだオープンクロマチン領域解析による研究を中心に,その血管新生における役割と作用発揮機序についての知見を紹介する.
精子幹細胞が,安定して精子を作り続けられるのはなぜか? 精巣の中の幹細胞一つ一つの振る舞いを,時間を超えて追跡して見えてきたものは,特別なニッチで非対称に分裂するという従来のイメージとは違う,自由闊達でランダムに振る舞う幹細胞の姿であった.
細胞内のさまざまな現象を相分離の視点から理解しようとする研究が大きな進展を見せている.本稿では,ソフトマター物理学の視点も含め,相分離構造体形成におけるRNAの役割,特にRNAが相分離構造体の形成に必須の役割を持つ構造体に焦点を当て解説する.
自己免疫疾患において炎症シグナルの中心的役割を担うTNF-αの制御を目指した新たな創薬アプローチとして,TNFR1の阻害による炎症抑制とTNFR2の温存による免疫恒常性を両立するTNF受容体選択的アンタゴニストの創製と構造最適化について概説する.
正常上皮細胞層に生じるカルシウムの伝搬現象である「カルシウムウェーブ」が,上皮細胞層からの細胞排除を促進することを見いだした.本研究によって,上皮恒常性の維持において,カルシウムシグナルが重要な役割を担っていることが示唆された.
植物にとって窒素は最も要求量の多い栄養素であり,その欠乏は作物の収量や品質に大きく影響する.本稿では,根から葉,そしてあるいは葉から根へと長距離移行して窒素吸収を制御するペプチド群に関わる最新の研究を紹介する.
いくつかの成長に関わる植物ホルモン代謝酵素は,ホルモン濃度依存的に多量体形成・活性増強というアロステリック制御によって巧みに恒常性を制御・維持することにより植物の成長を調整するという,最近明らかとなった新たな活性調節機構について紹介する.
極性が崩壊したがん原性の上皮細胞は,正常上皮細胞に囲まれると「細胞競合」によって組織から排除される.最近,生体内で高インスリン血症が起こると細胞競合が破綻し,極性崩壊細胞が排除されずに腫瘍化することがショウジョウバエで明らかになった.
光遺伝学における新たな光タンパク質“Magnetシステム”について,また我々が開発した時間・空間・細胞種特異的なTet誘導発現系を組み合わせた光制御Creマウスの作製までをご紹介する.
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