近年のゲノム解析後,生化学の研究内容が一変したように感ずる.その結果,大学教育はいうに及ばず,先端的研究において,遺伝子もしくはその調節機構などこれまで考えられなかった分野が生化学の主流になり,基本となるタンパク質や酵素のいわゆる古典的な研究教育にまで時間が割けない時代である.しかし,遺伝子産物であるタンパク質や酵素は,得てして最初の発見によりその役割を定義づけされてしまい,多くの隠された能力を引き出すような研究がなされているとは言えず,まさに,そのような観点で生化学を見つめなおすことが,新しい発見につながり,さらに,若くアイディアに富んだ研究者を育てることにつながると確信する.本特集は,そのような生化学の側面に目を向くきっかけとなることを願って企画した.
Moonlighting Proteinsは,最初に同定された「本業」以外に「副業(Moonlighting)」を持つ多機能タンパク質を指す.本稿では,解糖系酵素であるグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)のMoonlightingな機能を示しながら,Moonlighting Proteinsの定義と役割について概説する.
質量分析法を利用して細胞全体のタンパク質や代謝物を解析すると,これまで考え もつかなかったようなタンパク質の機能が,次々に明らかになってくる.
タンパク質は,必ずしもアミノ酸配列にコードされたプログラムどおりにフォールディングしない.本稿ではプログラムから外れた構造形態の一つとして知られるアミロイド線維の構造や形成機構について,過去の報告や筆者らの実験結果をふまえて概説する.
スフィンゴ脂質生合成を律速するセリンパルミトイル転移酵素変異体の詳細な解析から,活性発現に必須ではないヒスチジン残基が酵素反応制御機構における多機能な役割を担い,本酵素特異的な反応の進行と副反応抑制を巧妙に両立していることが明らかとなった.
多くの被子植物は,自家受精を防ぐために,自家不和合性という機構を獲得してきた.ナス科,バラ科などの植物では,雌性因子としてRNA分解酵素を,雄性因子としてユビキチン化酵素を用いて,自家不和合性における自他識別を行っていることが解明された.
定常状態の酵素反応速度論は,酵素の触媒機能を調べる基礎である.ミカエリス・ メンテンの式は有用であるが,複数の基質を持つ酵素の多くがこの式に従わない.その場合,どうしたらいいのか.フラビン依存性酸化酵素について,基質活性化・阻害の解析法を示す.
ヒスチジン脱炭酸酵素(HDC)と芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AroDC)のX線結晶構造解析から,活性中心部位ではアミノ酸1残基のみが両酵素間で異なっており,その残基を置換したHDCの変異体の基質特異性はAroDCに近づくことが明らかとなった.
α-ケト酸とメチルアミンからN-メチル-L-アミノ酸を生成するとともに,Δ1-ピペリデイン-2-カルボン酸ならびにΔ1-ピロリン-2-カルボン酸からL-ピペコリン酸およびL-プロリンを生じる多機能性酵素に関する研究を紹介する.
高等動物のグルタミン酸デカルボキシラーゼは2種類のアイソフォームからなり,N末端領域が局在性を決め,複合体形成にも利用される.本酵素は神経系以外に広く存在し,味蕾では塩味に関与している可能性が示唆される.
一研修医が受け持った患者が後遺症を残したことを強い動機として,ある自己免疫病の発症機構を解明し,分子相同性仮説を立証した経緯が記してある.
免疫システムの老化はT細胞老化と密接に関係しているが,その分子機構については不明な点が多い.今回,免疫システムの司令塔であるCD4 T細胞の老化に,腫瘍抑制因子Menin-転写抑制因子Bach2の経路が関与していることが明らかとなった.
インフルエンザウイルスは,HAスパイクを介して宿主細胞のシアロ糖鎖に結合し,感染を開始する.インフルエンザの世界流行は,鳥インフルエンザウイルスのヒト型シアロ糖鎖受容体適応性変異と深く関わる.本稿ではこの変異の分子基盤を概説する.
近年,免疫学の分野で自己抗原遺伝子の発現制御に関与しているAIRE(エア)遺伝子が注目されている.AIREを恒常的に発現するAire+細胞株を胸腺髄質から作製し,in vitroから自己免疫疾患発症機構解明の突破口を考える.
細胞ががん化するとタンパク質や脂質に結合した糖鎖の構造が変化し,同時にβ4GalT2遺伝子の発現が低下し,β4GalT5遺伝子の発現が増加する.がん細胞や腫瘍で本遺伝子の発現を制御すると増殖が抑制され,二つの遺伝子はがん治療に有用である.
DNA複製の前後で起こる生命現象について,どのような問題が存在し,どれくらい解明が進んでいるのか俯瞰する.さらに“DNA複製タンパク質の一つTipin”の視点から著者らの研究も含めて最新の知見を紹介する.
糖鎖合成酵素GnT-IXの脳特異的な発現には二つの転写因子CTCF,NeuroD1が重要であること,それらの結合はクロマチン活性化により制御されること,クロマチン制御はOGT-TET3など特異的なエピゲノム因子が行うことが明らかになった.
今世紀に入り,ゲノムからはタンパク質情報をコードしない大量のノンコーディングRNA分子が発現していることが発見された.本稿では,自然免疫応答を制御する長鎖ノンコーディングRNAを紹介する.
CD133はがん幹細胞を同定するマーカー分子の有力な候補の一つとして考えられている.しかし,腫瘍組織における機能については不明であった.今回,悪性腫瘍の進展におけるCD133リン酸化の意義とその制御機構の一部が明らかになった.
成熟脳の主要な細胞外マトリックス成分であるヒアルロン酸,コンドロイチン硫酸プロテオグリカンなどが中枢神経ランビエ絞輪に局在し,跳躍伝導速度の調節や電位依存性Naチャンネルの集積化に関わっていることが明らかになった.
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