生体内には多くの種類の金属イオンが「生体内金属」として存在している.特に,鉄,銅,亜鉛をはじめとする遷移金属は,微量にしか生体内に存在しないにもかかわらず,その特異な化学的,物理的特性が種々の生体内反応に必須であることから,生命維持のさまざまな過程で重要かつ多種多様な役割を果たしている.その特異な反応性を分子・原子・電子のレベルで理解するために,金属錯体の配位化学から金属酵素の構造・機能解析に至る「生物無機化学」研究が大きく進展してきた.一方,ヒポクラテスの時代から貧血に対する治療として鉄投与が知られていたように,生体内金属は古くから病態との関連で医学,薬学分野でも注目されており,「金属細胞生物学」としての学問領域が形成されてきた.近年では,特定の生体内金属の欠乏と病態との相関から,生体内金属を標的とする創薬の可能性も示されている.このような生体内金属の織り成す生命現象をより深く理解するためには,最先端分析装置を駆使した金属関連タンパク質の分子レベルの構造・機能解析を中心とする「生物無機化学」研究と,細胞生物学的な研究,さらには医学,薬学への応用までを含む「金属細胞生物学」研究を融合連携させる必要がある.本特集では,この新規な融合学問領域である「生命金属科学」の視点に立って,生体内での金属の役割・動態を統合的に概観する.
脱窒微生物の鉄含有酵素である一酸化窒素還元酵素の研究と,病原菌のヘム鉄取り込みポンプの研究を紹介し,生体内の鉄の動態(運搬,感知,貯蔵,活用など)を,分子レベルから細胞レベルにわたって理解する研究分野「生命金属科学」への展望を述べる.
脳への著明な鉄蓄積を来し,運動障害,認知障害など多彩な神経症状を呈する新たな神経変性症が見いだされている.また,アルツハイマー病やパーキンソン病などの一般的な神経変性症でも疾患特異的な異常タンパク質からなる封入体に鉄沈着が観察されている.
黄色ブドウ球菌が持つ鉄取り込み機構であるIsd系は,一連のタンパク質群が示す特徴的なヘムリレー系と酵素反応によって担われる.精緻な構造・物性解析により,その全容が明らかになりつつある.本稿では,これらについて現状をまとめた.
ヘム,鉄硫黄クラスター,非ヘム鉄をセンサー素子として利用している,代表的なガス分子センサータンパク質を取り上げ,ガス分子センシングにおいて遷移金属がどのような役割を果たしているかについて解説する.
鉄‒ポルフィリン錯体であるヘムは,タンパク質の活性中心として重要な分子であるが,生体内でのシグナル伝達分子としての機能も注目されている.本稿ではこのヘムの新たな機能を利用する制御タンパク質の特徴的なヘム配位構造とその機能制御機構を紹介する.
先天性銅代謝異常症であるWilson病について,その病態から臨床症状,診断,治療,そして予後について解説する.さらにWilson病診療の今後の課題を,先天性代謝異常症臨床情報バンク(MC-Bank)患者登録のデータ解析の結果から検討する.
タンパク質に結合した銅イオンは各種生体反応の活性中心として機能するだけでなく,タンパク質構造の形成・安定化にも関与する.本稿では,銅イオン結合の異常に伴うタンパク質ミスフォールディングが,神経変性疾患の発症に果たす役割について紹介する.
単核および二核銅-活性酸素種による基質の酸素化反応機構.モデル化学的研究から酵素反応機構へ.
ごく最近我々は,生体内において高濃度の亜鉛イオン環境下に存在するプロテオームを網羅的に解析・同定するためのプローブとして“AIZin”を開発した.本稿ではこのプローブを利用した亜鉛コンディショナルプロテオミクスについて述べる.
亜鉛を活性中心に持つ亜鉛酵素には,細胞表面や細胞外で機能するエクト型酵素が多数存在し,疾患発症や生命活動に関わる酵素がいくつも含まれる.本稿では,エクト型亜鉛酵素の亜鉛トランスポーターによる活性化機構について最新の知見を交えて概説する.
亜鉛輸送体のZIP8はカドミウムやマンガンの細胞内輸送にも関与している.近年,ヒトのマンガン代謝異常疾患とZIP8との関連が報告され,その機能が注目されている.本稿はZIP8の細胞レベルでの金属輸送機構からヒトの疾患との関連まで概説する.
脂質代謝酵素ホスホリパーゼA2(PLA2)には多数の分子種が存在し,脂質の三大機能(エネルギー脂質,膜脂質,シグナル脂質)に多様に関わっている.本稿では,これまでに明らかとなっているPLA2群の機能と関連する脂質代謝について概説する.
自然免疫においてRNAは,病原体認識に加え,遺伝子発現の調節を介した炎症制御に重要である.このため宿主はきわめて精巧なRNA認識機構を備えている.本稿では,RNAを中心とした炎症制御機構について病原体RNA認識と転写後制御の観点から概説する.
ドイツで発見されたファンコニ貧血患者の遺伝子解析から,原因遺伝子としてRFWD3が同定された.機能解析の結果,RFWD3はRPAとRAD51をユビキチン化し,クロマチンから除去することで相同組換えを制御していることが明らかになった.
栄養・代謝センシング経路は普遍的な寿命制御に関与する.線虫では,本経路の下流で酸化ストレス応答転写因子SKN-1が寿命延長に重要な役割を担うことがわかった.本稿では,SKN-1の制御が寿命制御に果たす役割について我々の知見を含め紹介する.
心筋細胞の増殖能は心臓再生において決定的な要因である.近年,代謝とレドックス状態が細胞周期制御において重要な役割を果たすことが明らかにされつつある.本稿では酸素代謝と心筋細胞の細胞周期制御,心臓再生能との関連について最近の知見を概観する.
近年,活性硫黄分子の生体内での生理機能(細胞保護作用など)が注目されている.その一方で,それら機能の解明に有用となる選択的阻害剤が必要とされている.酵素の一つである3-メルカプトピルビン酸硫黄転移酵素に対する新たな選択的阻害剤を開発した.
植物‒微生物相互作用において,植物が敵・味方を判断し,それらに対応する方法は大きく異なる.本稿では,植物免疫と共生という異なるシーンでのRac/ROP GTPases(Rho-like GTPases from plants)の役割について解説する.
ステリルグルコシドは,動物においてグルコシルセラミドからステロールへのグルコース転移によって合成される.スフィンゴ脂質代謝とステロール代謝を結ぶこの反応は,意外にもグルコセレブロシダーゼによって行われることが明らかになった.
UBR5はさまざまな種類のがん細胞において機能変異が報告されているユビキチンリガーゼである.UBR5の細胞恒常性維持への関与,そしてがんでのUBR5機能亢進によるアポトーシス促進因子の分解と細胞死抑制,薬剤抵抗性への寄与について解説する.
褐色脂肪組織は熱産生能を持つ特殊な脂肪組織である.褐色脂肪熱産生の制御は寒冷環境での体温維持だけでなく,感染,天敵,飢餓,飽食などの環境ストレスから生命を守るために重要である.本稿では,その熱産生制御を担う中枢神経回路メカニズムを概説する.
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