硫黄は,太古の海で生命が誕生して以来,地球の生命の歴史を牽引してきた元素である.酸素に比べて電子の授受に伴うエネルギーの変化が小さく,生物が酸化還元反応の媒体として利用しやすい元素であったといえる.しかし,このように酸化還元を受けやすいという性質のために,これまで多くの硫黄代謝物の存在が見落とされてきた.近年,硫黄代謝物の定性・定量技術が開発されたことを端緒に,生体内に超硫黄分子(スーパースルフィド/supersulfide)と総称される多様な硫黄代謝物が豊富に存在し,それらが,エネルギー産生に重要な酸素やグルコース,脂肪酸などに匹敵する普遍的で重要な生命素子であることが明らかになった.超硫黄分子は,硫黄原子が連結する部分に電子の偏りが生じ,1分子が求電子性と求核性という両方の性質を併せ持つというユニークな化学的特性を有する.本特集では,超硫黄分子がこうしたユニークな化学的特性を基盤として,エネルギー代謝,シグナル伝達,感染防御,免疫応答,転写制御など幅広い生命現象を支え,それに関連する生体分子とともにもたらしつつある新しいコンセプトを紹介し,さらに,多様な硫黄代謝物の検出技術開発の最先端を紹介する.
超硫黄分子は硫黄の化学特性に基づく興味深い反応性を有する.超硫黄分子ポリスルフィドは,ソフトな反応性を示し,ポリスルフィドどうしやNOと反応して相互作用ネットワークを形成する.超硫黄分子の生体内反応はpHなど環境因子を考慮する必要がある.
生体内での超硫黄分子の検出に,蛍光プローブを用いた蛍光イメージング法はきわめて有用であり,H2Sや超硫黄分子を検出する蛍光プローブは近年盛んに開発されてきている.本稿では,その中でも本研究分野で汎用されている蛍光プローブについて紹介する.
チオール基に硫黄が過付加した超硫黄分子は,抗酸化活性,レドックスシグナル制御活性を有する.最近,超硫黄分子のユニークな化学特性が明らかにされ,それに伴う新規分析技術の開発により,生体内における超硫黄分子の存在様式が明らかにされつつある.
超硫黄分子は従来の硫黄化合物とは異なる化学的性質を示し,抗酸化・抗炎症物質として生命機能の維持に重要な役割を果たす.本稿では,超硫黄分子の構造と反応性について量子化学計算・ラマン散乱を用いた分子論的視点からの最近の研究例を紹介する.
我々は,ヒト血中にmMオーダーの超硫黄分子が存在することや,その超硫黄分子の多くが血清アルブミンに「酸化型」の超硫黄分子として結合していることを世界で初めて明らかにした.その「酸化型」の超硫黄分子の巧みな生体恒常性維持機構とは?
細菌から同定された硫化水素・超硫黄分子センサータンパク質は,システインのチオール基のポリスルフィド化を介して,硫化水素・超硫黄分子を特異的に検知して いる.超硫黄分子特異的に生じるチオール基のポリスルフィド化の分子プロセスについて,最近の知見を紹介する.
自然界の硫黄サイクルの最初の段階である植物の硫酸還元は,光合成反応の場である葉緑体において行われる.生成された硫黄代謝物は,チオレドキシンによるレドックス制御,孔辺細胞でのシグナル伝達に用いられ,光合成や気孔開閉において重要な役割を果たす.
システイン残基の硫黄が形成するジスルフィド結合は,タンパク質の立体構造形成の根幹となる修飾である.小胞体内腔での巧みなジスルフィド結合形成システムに よる酸化的フォールディングについて最新の知見を紹介したい.
超硫黄分子とセレンは化学的に似た性質を示すが,両者の関係はよくわかっていない.本稿では,セレン含有タンパク質が超硫黄分子を消去しターンオーバーさせる可能性について知見をまとめ,両者の相互作用や相違点について紹介する.
炎症応答は感染などに対する重要な生体防御反応である一方,さまざまな疾患の原因となっている.近年,超硫黄分子が炎症応答の主要なシグナル制御に密接に関わることが明らかとなってきており,炎症性疾患に対する新しい治療への応用展開が期待される.
NRF2は生体の酸化ストレス応答機構を転写因子である.NRF2は我々の健康維持に重要である一方,がん細胞ではその悪性化をもたらす.最近,NRF2が硫黄代謝制御を介してミトコンドリア機能を調節することが示唆されている.
新たなタンパク質の翻訳後修飾としてシステイン側鎖の硫黄原子がリン酸化されることが見つかった.刺激応答性にリン酸化・脱リン酸化がダイナミックに調節されて分子機能を調節しており,シグナル伝達に働いていることも明らかにされつつある.
トランスファーRNA(tRNA)には多様な転写後修飾が存在しており,タンパク質翻訳の調節に不可欠である.本稿では,tRNA修飾のうち,硫黄原子を含む修飾に注目し,ミトコンドリアtRNAに存在するこれら硫黄関連修飾の分子機能および修飾の破綻に起因する代謝疾患について総説する.
硫黄原子が電子授受能に優れた活性硫黄分子群(超硫黄分子)は,生命機能維持においてきわめて重要な役割を担うことが明らかになってきた.本稿では,心筋の頑健性の維持における超硫黄分子の生理的役割について紹介する.
最近,超硫黄分子のきわめてユニークな化学的特性の解明に基づき開発された超硫黄オミックスにより明らかとなってきた超硫黄の生体内生成・代謝機構,生理機能について解説するとともに,超硫黄オミックスの先制医療への展開を俯瞰する.
近年,チオール基に複数の硫黄原子が付加した硫黄化合物(超硫黄分子/活性硫黄)が生体内に豊富に存在し,多彩な生理機能を有していることがわかってきた.本稿では,活性硫黄による寿命・老化の制御について概説する.
翻訳伸長反応の正確かつ厳密な制御は生命現象の基盤であり,その異常停止は品質管理機構で認識される.本稿では,リボソームコドン配列から情報を正確に抽出しタンパク質を合成す翻訳反応のハブとしてのリボソーム動態制御の分子機構解明の現状を紹介する.
生物の“形作り”の基本である上皮管腔形態形成の分子機構を理解することは生命科学,医学の重要な課題である.本稿では,上皮組織の管腔組織形成機構に関するこれまでの知から,その異常による腫瘍形成機構の解明を目指した筆者らの研究を紹介する.
膜タンパク質を膜近傍で切断し細胞外領域ほぼ全体を可溶化するプロセシング機構であるシェディングの特異性が,O型糖鎖や負電荷を持つアミノ酸といった「不利な要素」によって保たれていることを明らかにしたので紹介する.
強力な毒性と生理活性を併せ持つ硫化水素(H2S)の生体内濃度を制御するその産生酵素と代謝酵素について,その先天欠損によるヒト遺伝病と疾患モデルとして作製された遺伝子欠損マウスの解析から判明した新旧の知見を紹介する.
近年,エネルギー代謝が単純にエネルギー産生だけにとどまらず,生じた代謝物が化学修飾反応を仲介し,シグナル経路やエピゲノムを制御することがわかってきた.本稿では胚発生過程におけるエネルギー産生を超えたエネルギー代謝の驚くべき新機能を紹介する.
LMTK1はエンドソーム結合性のSer/Thrキナーゼである.Rab11 GAPであるTBC1D9Bを介してRab11を負に制御し,神経細胞における軸索,樹状突起,スパインの形成を制御している.LMTK1欠損マウスは多動性を示した.
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